遺言が争われるケース
遺言が争われるケースとして、ご家族が亡くなられた後、想定もしていなかった遺言が後から出てくる場合があります。
たとえば、Aさんは、母親であるBさんと20年にわたって二人暮らしをしていましたが、この度、Bさんが老衰で亡くなったとします。AさんがBさんの葬儀に参列すると、そこにはAさんにもBさんにも20年以上顔を見せていなかったAさんの姉Cさんが来ていました。Cさんは、Aさんに対し、「実は母さんに遺言を書いてもらっている」と言って、遺言書を渡しました。Aさんが遺言書を見ると、そこには「全財産をCに相続させる」と書かれていました。
あなたがAさんの立場だったら、どうされますか?遺言が争われる場面では、このようなケースが多くあります。そこで、このような場合にAさんとしては、どのような対処をすることができるのかについてご説明いたします。
遺言の無効主張
想定外の遺言が出てきた場合、その遺言が無効であると主張することが考えられます。その主張の内容は、遺言の種類に応じて異なります。
自筆証書遺言の場合
自筆証書遺言とは、遺言者が、その全文、日付および氏名を自筆し、押印することによって作成する遺言です(ただし、2019年1月13日以降に作成する自筆証書遺言については、財産目録は自筆でなくともよいとされています)。
自筆証書遺言は、遺言の中で最も簡単に作ることができ、それだけに最もよく使われる遺言でもあります。しかし、作成が簡単な一方、紛失・偽造・変造の危険があるうえに、内容が不明確であるなどの理由で有効性が争われやすい遺言でもあります。
このような自筆証書遺言では、次のような観点から、遺言が無効であると主張されることがあります。
法律上の要件に反していると主張する
自筆証書遺言は、遺言者が、その全文(財産目録を除きます)、日付および氏名を自筆し、押印する必要があるなど、一定の法律上の要件があります。このような要件を守っていないと、それが理由で遺言が無効とされることがあります。
たとえば、パソコンで遺言の本文を作成・印刷し、そこに署名押印したとしても、これは全文が自筆されていないことになるので、無効となります。また、高齢者が遺言を作成する際、自分一人では手が震えて書くことができないため、誰かに手を取ってもらい書くという場合もあります。しかし、最高裁は、このような方法によって作成された自筆証書遺言につき、無効となる場合があるとしています。
したがって、もし遺言がこのような形式的要件を満たしていなければ、これを理由に遺言が無効であると主張することが考えられます。
弁護士に遺言の無効主張を依頼した場合、弁護士が、遺言の要件を満たしているかを検討し、遺言の有効性を判断します。逆に、遺言を作成する場合は、弁護士が、遺言の要件を満たしているかなどをチェックいたしますので、後で無効とされるリスクをなくすことができます。
遺言能力がなかったと主張する
遺言能力とは、有効に遺言を行うことができる能力をいいます。原則として、15歳に達した者であれば遺言能力があります(民法961条)。しかし、自分の遺言の意味(誰が何の財産を取得するか等)を理解することができないような場合、遺言能力が否定され、遺言は無効となります。
たとえば、亡くなった方(被相続人)が遺言を作成した頃に認知症であったなど、遺言の意味を理解していたか疑わしいような事情がある場合、遺言能力がなかったため遺言は無効であると主張することが考えられます。
実際に遺言能力が否定されるか否かは、様々な事情を考慮した上での法律的な判断によるため、生前に認知症だと診断されていても遺言能力が認められる場合もありますし、逆に認知症と診断されていなくても遺言能力が認められない場合もあります。
弁護士に依頼した場合、弁護士が、医師による診断だけなく、生前の被相続人の様子、遺言の内容等の様々な事情を収集・分析し、遺言能力の有無を争うことができるかを判断いたします。
偽造された遺言であると主張する
遺言が偽造、すなわち遺言者以外の他人によって作成されたものであると主張する場合もあります。
たとえば、遺言書の筆跡が亡くなった方(被相続人)の他の文書の筆跡と異なる場合や、生前疎遠だった親戚に全て相続させる等遺言の内容が不自然である場合に、遺言の偽造が考えられます。
遺言が偽造されたものであるか否かは、筆跡鑑定をすれば明らかになると思われるかもしれませんが、裁判では必ずしも筆跡鑑定のみで決まるわけではなく、遺言の内容等の様々な事情を考慮した上で偽造の有無が判断されます。
弁護士に依頼した場合、弁護士が、筆跡や遺言の内容等の事情を収集・分析し、偽造された遺言であると認定される見込みがあるかを判断いたします。
公正証書遺言の場合
公正証書遺言とは、公証人に作成・保管してもらう遺言のことです。公正証書遺言を作成する際には、遺言者が、公証人に遺言の内容を口頭で告げ、公証人が、それが遺言者の真意であることを確認したうえ、これを文章にまとめたものを遺言者及び証人2名に読み聞かせ(または閲覧させ)て、内容に間違いがないことを確認し、遺言者と証人2人そして公証人が署名捺印します。
このように作成された公正証書遺言は、公証人が介在することから、遺言が無効とされることはほとんどありません。しかし、次のような場合は、公正証書遺言が無効とされます。
遺言能力が否定される場合
自筆証書遺言と同様に、遺言者が、遺言を作成する際に、遺言の意味を理解する能力がなかった場合、公正証書遺言は無効となります。
もちろん、公証人は、遺言者が、遺言の意味を理解できているか確かめながら遺言を作成するため、自筆証書遺言に比べ、遺言能力がなかったと判断されることは多くありません。しかし、公証人の確認が不十分であった場合等は、遺言能力がなかったと判断される場合もあります。
弁護士に依頼した場合、弁護士は、公正証書遺言を作成した時、遺言者が遺言の意味を理解できる状態だったのか、公証人はどのようにして遺言者の遺言能力を確かめたのか、公証人の行った確認は十分といえるのかなどを調査し、公正証書遺言が無効とされる見込みの有無を判断いたします。
口授が行われなかった場合
口授とは、遺言者が、公証人に対し、遺言の内容を口で伝えることをいいます。このような口授が、例えば公証人の遺言の読み上げに対して遺言者が頷いていただけと認められる場合などには、適法な口授がなかったものとして公正証書遺言が無効とされる可能性があります。
弁護士に依頼した場合は、適法な口授がなされたかを調査し、公正証書遺言が無効とされる見込みがあるかを判断いたします。
遺言の有効性が認められてしまったら
たとえば、Bさんが亡くなったとして、Bさんには、Aさん、Cさんという子供がいたとします(Bさんの配偶者は既に亡くなっていたとします)。Bさんが亡くなった後、「全財産をCに相続させる」という遺言が見つかりました。Aさんは、遺言の有効性についても検討したものの、遺言が無効とされる見込みがないことがわかりました。
このような場合、Aさんは、一切遺産を相続することができないのでしょうか。答えはノーです。
民法は、兄弟姉妹以外の相続人には、どのような遺言がされたとしても最低限もらえる取り分として遺留分を認めています。では、その遺留分の額はというと、原則として法律上本来もらえるはずの相続分の半分となります。
たとえば、上記の具体例でBさんの財産が8000万円だったとすると、Aさんが、法律上本来もらえるはずの相続分は1/2なので、その半分の1/4にあたる2000万円が遺留分となります。したがって、遺言の内容がどのようなものであっても、Aさんは、最低でも2000万円については取得できることとなります。
弁護士に依頼した場合、弁護士が、まず遺言の有効性を争えるか検討いたします。その上で遺言が無効であると主張できない場合は、遺留分を計算し、最低でも遺留分について他の相続人に請求いたします。
※相続される方が直系尊属(亡くなった方の父母やそれより上の親族のことです)のみの場合は、遺留分は本来もらえる相続分の1/3となります。
遺言無効の主張方法
では、遺言が無効である可能性がある場合、どのようにして遺言無効を主張するのでしょうか。もちろん、相続人同士の話し合いの中で遺言の無効を主張することも考えられますが、話し合いでまとまらない場合には、法的な手続として遺言無効調停と遺言無効確認請求訴訟が考えられます。
遺言無効調停
まずは、遺言無効調停を申し立て、調停手続の中で遺言が無効であることを主張します。調停とは、裁判所と調停委員が介入して行う話し合いです。
当事者同士の話し合いで解決しなかったことでも、調停委員が、双方の意見を聞き、遺言の有効性について意見を述べることによって、訴訟によらずに話し合いで解決する可能性があります。
遺言無効確認請求訴訟
遺言無効調停によっても解決に至らなかった場合、いよいよ訴訟となります。具体的には、遺言が無効であることの確認を求める遺言無効確認請求訴訟を提起することとなります。
なお、遺言無効確認請求訴訟を提起するためには、原則として、訴訟提起をする前に調停を申し立てることが必要となります。
弁護士に依頼するメリット
弁護士に依頼した場合、弁護士は、収集した証拠を吟味した上で、話し合い、調停の申立て、訴訟提起から最善の方法を選択し、戦略的な主張や立証を行います。
調停や訴訟は、ご本人で行うこともできますが、専門的な知識が要求されるうえに手続が煩雑であるため、ご自身の主張が裁判官や調停委員に伝わらないおそれがあります。また、ご自身で話し合い、調停の申し立て、訴訟の提起を行うよりも、相続手続に精通した弁護士に依頼した方が、ご自身の主張や希望を説得的に他の相続人に伝えることができます。
そのため、遺言の無効主張は、弁護士に依頼されることをお勧めします。